燃え尽きた2025年
2025年の目標とクレド
毎年、今後数年で実現したいビジョン(ミッション)と、そのために今年実現すべき目標、そしてそれを月に落としたもの、その目標を実現するための行動、そしてその行動のために日々実践すべきことを年のはじめに考えている。もちろん変更があれば更新する。
2025年に立てたものが以下。達成すべき目標に絞ると、就活と修論があったのでこの2つについてが二大巨頭のようにあって、その他抽象的な生き様的なものがいくつかあった。25年に挙げた5つの目標のうち、1つは変更があったので実際は4つで、そのうち3つは確実に実現することができた。無事就職先は決まったし、(執筆時点で最終審査は終わっていないものの)修論を完成させることもできた。そして、日々の雑感、思いつきの記録は完全に習慣となった。ロースタリーに行った時や、人を待っている時などはカバンにいつも入れているロディアノートと万年筆のセットに書き込む。移動中など落ち着いてノートが開けない時はObsidianのプラグインのThinoに投げ込んでいる。
ノートを持ち歩く習慣は、以前のインターン先でお世話になっていた人に教えてもらってからそれ以来。万年筆もその人と同じモデルを使っている。こうして他人のキャラクターの一部が自分の中に溶け込んでいることを実感すると、人間であることのよろこびを感じられる。

目標という意味では、それなりに達成できた年になったと思う。手堅い目標しか立てていなかったとも言えるが、それでも人生においても大きないくつかの決断について、決めきることができたことは素直に喜びたい。これが吉と出るのか、あるいは凶と出るのか、それにはもう少し時間がかかるが、少なくとも一切の妥協はなかったし、あり得た選択肢の中では最高のものを選び取ったと思う。そういう意味で後悔はまったくない。
では、クレド(行動規範・行動目標的なやつ)の視点ではどうだろうか。以下が2025年のクレドだ。「生き方」、「人生・仕事観」、「思考・行動」、「他者へのあり方」、「自分のあり方」の5項目について、それぞれ5〜6の目標を置いている。

生き方という軸は見事に実践できていたと思う。常に何が好きかを考えていたし、それを最大化するにはどうしたらいいのか試行錯誤を繰り返していた。
人生・仕事観も実践できていたと思う。人生・仕事観に挙げたいくつかの項目から外れていた環境からは(時間がかかったものの)抜けることができた。抜けるという決断をしきることは難しかったけど、時間などさまざまなリソースを浪費し続けるのに比べれば難しいことはなかった。
思考・行動については、習慣化に課題があった1年だった。そしてそもそも、習慣的に何かをすることが生来、苦手だったことを痛感した年でもあった。ジムに行くペースもまちまちだし、毎月映画館に行くという目標も、行く月は何回も行くのに、行かない月は全くだったりと、ムラが激しい。ご飯にしても飲み物にしても、ハマるとそれしか摂取しなくなり、飽きると全く触れなくなるという性格が出てしまった。ここについては2026年に持ち越しの課題、目標だと思う。
他者へのあり方という点についても、それなりに実践できていたと思う。5点満点でいうなら3点くらい。引き続き2025年も基本的に周りの人の殆どが年上(5歳以上〜)という環境にいたので、意識的に甘える、慕うことができるようになったのは大きな変化だと思う。どこそこ連れてって〜とか、これ一緒にやろ〜とか、言うことに対する抵抗感が下がった。断られてもナーバスになるのではなく、「なんでよ〜」みたいな受け身の取り方でかわすというか、そういうやり方を覚えた。それでも核の部分はナイーブなので悲しいことは悲しい。でもこれができるようになって、他者への関心は高まったし、社交性が増したような気がしている。むしろ課題は想像を体験で上回るほど、チャレンジができなかったことにある。あとは「嫌いな人ほど好きなところを探せ」と言ったものの、そもそも嫌いと思うほど感情が昂ることがなかったのと、苦手な人が多い環境からは離れることを学んだので少し考え方が変わってきた気がする。
そして最後、自分のあり方は徹底しきれなかったなというのが正直なところ。これを作ったのがストイシズムにハマっている時期で、ストイシズムの本を読んでは実践していたのでそういうこともあって全体的にストイックな感じ。それでも目標とロールモデルは常に意識していた。ロールモデルが全くいない組織はいる意味がないので、ロールモデルとなる人が近くにいる環境に身を置いていた。目標も常に3つは持って、いつ聞かれても言えるようにしていた。
改めて振り返ってみると、ビジョン、クレドともに、それなりに実践できた1年だった。それはやはりここに書いた言葉が自分が紡いたものだからこその納得感があったからとも言えるし、虎視眈々と実現するために動いていたからだったとも言えると思う。いずれにしてもこれは自分にとっての成功であって、誇るべきものなので、今年もこの調子でいこう!というのが2026年の目標。
地獄のような春
もう少しストーリー的に2025年を振り返ると、2025年は燃え尽きた年だった。よく言えば、燃え尽きることができた1年だった。25年には大きな2つのトピックがあった。1つは修士論文で、もう1つが進路を決めることだった。
幸いなことに、進路決定は比較的早かった。このままストレートで博士課程には進学しないことを決め、民間の就職活動に振り切った。コンサル、VCを中心に受けていたけど、最終的にご縁があったのは財団だった。財団との縁という意味では、昔好きで毎週のように行っていた博物館の運営元が財団だった。今のところ、それ以上はないけど、人事の人に共通の知り合いがいたり、学部のゼミの後輩(直接の面識はない)が同期だったりと、やはり何かしらのこ゚縁があった結果なんだろうなと思う。小学3年生の頃、箱根駅伝で優勝した東洋大学を見て愚かにも「東洋大学に行きたい」と言ったばかりに、その約10年後に東洋大学に入学することになった(そして家から最も近い大学でもあった)。合格した大学院の指導教員は、学部の指導教員の大学院の先輩だった。HARkingじゃないかと言われればそうかもしれないが、こうしたご縁があっての今だと思えば、むしろそういうご縁があることの方が自然にも思える。
そして比較的序盤に終わってしまったトピックとは反対に、2025年苦しめられたのは修士論文だった。正直に言って就活もそれなりに大変だったが、修論はその比じゃなかった。定まらないテーマ、指導教員からのプレッシャー、先へ進む同期たち…5〜7月は本当にしんどかった。しんどすぎて胃腸が弱っていたので胃腸薬を毎日飲んでいた。ゼミがある日はカモミールティーを作って水筒に入れて持っていっていた。今でも思い出すと胃がキュッとなる。
何がやりたいのか分からなくなっていた。理論研究(学説研究)もやりたかったし、一方で実証研究もやりたかった。テーマとしても、社会運動も、気候変動も、メディアについてもやりたかった。ゼミ報告のたびに焦点がブレてしまっていた。「大学院はエッセイを書くところじゃない(意訳)」と言われた時にはどうにかなってしまうかと思った。
迷走した最大の要素は入った当初、取り扱おうと思っていた社会運動組織に対しての関心が全くなくなってしまったことがある。これは今も持っている信念として、ある目的の達成のためには、今自分が持っているカードの効用が最大化できる手段を取るべきというものがある。そしてその運動組織には、客観的に見れば、スタンディングや、社会制度に単に抗する以外の持ち札を持った人が集まっていたのに、そういうやり方を取ってはいなかった。その違和感が拭えず、どんどん気持ちが離れていってしまった。これが大きな要因だった。
一方で、喜びもあった。それはある映像メディアが、気候変動否定論者を有識者として招いた動画を見た時だった。メディアの周縁部に身を置いていること、気候変動について社会学的に論じたいというモチベーション、こうした持ち札を最大化したテーマで取り組むことを決意した。そうして「日本のTVメディアにおける気候変動報道」という研究テーマで修士論文を書くことを決意した。
地獄のような春学期だった一方で、秋学期は比較的順調に進んでいたと思う。多少、しんどい時期はあったものの、前期にくらべればどうってことはない。ゼミの先輩や同期からもアドバイスをもらいながら、地道に作業を進めることができた。
水曜日のダウンタウンは面白い
基本的に2025年は研究のため薄っすらずっとしんどかった。そんな時ほど読書は救いにならなかった。研究に関係ない本を読めば読むほど、「お前にそんな時間があるのか?」、「そんな本読むくらいなら研究しろよ」という脳内ボイスに耐えられなくなるからだ。
そんな時、救われたのが「水曜日のダウンタウン」だった。厳密には、「Schitt’s Creek」(何回も観てる)や「shameless」、「Bo Jack HORSEMAN」、「SILICON VALLEY」(何回も観てる)、「Risk and Morty」、「Curb Your Enthusiasm」などにもどハマリして観ていたわけだが、元々アメリカのシットコムが大好きなのでこれらが支えになることは驚きではなかった。
最も軽蔑する、日本のバラエティ番組、しかも度々物議を醸す「水曜日のダウンタウン」を面白いと思う日が来るとは思わなかった。確か、YouTube Shortsでひょうろくのドッキリを観て、気になってU-NEXTでその部分だけ観たら面白くて、面白そうな説を飛ばし飛ばしで観て完全にハマり、最終的に観られる回は全て観た。
観てみると、1つ1つの説の手間とお金の使い方に驚かされた。こんなに時間とお金を使って検証するのかと驚かされた。そして何よりも、こんなにくだらないことを真剣にやるギャップと、どんなに疲れていても、しんどくても、見れてしまう中身のなさ(別に学びがあるわけじゃないという意味)の凄さに感動した。もうTBSに足を向けて寝ることはできない。
一方で、特に近年の回で散見された、「コンプライアンスが厳しい時代」を冷笑するノリの寒さには引いてしまった。検証が面白いと思ってしまうのは、理不尽な挑戦に本人が同意することないまま巻き込まれ、苦労しながらも乗り越えるという構図だと思うが、この構図自体はいじめと大きく変わらないと思う。その意味で芸人であっても適切に人権が保障されることはもう少し歓迎されるべきだし、保障すべき側のテレビ局がそういうスタンスであることはとても残念だと思う(一方で、フジテレビや日本テレビとは異なって、表立った不祥事があまり見られないのは、内部のガバナンス体制がそれなりにちゃんと整備されているからだろうとは思う)。
ちなみに好きな説は、「ひょうろく、キャラ作ってるんじゃないか説」のさらばが暴走する前までと、キグルミがやっちまうぞって言ってくる説です。
未知の2026年
来たるべき試練が次々やってきた2025年だったが、予想の範疇であったと言えばその通りだった1年でもあった。本当の本当に予測のは今年だ。
10年以内に実現したいことと撤退ライン
当然、やりたいこと、実現したいことがあって財団に入ることを決めているので、それを実現するために種を蒔く年に今年はしたい。todoベースではあるが、「独立ジャーナリスト育成プログラム」と「人文学・社会科学とテクノロジー研究助成」の2つは絶対に実現したい。これら2つは独立したものではなく、よりよい未来とは何かを考え、その未来のために今すべきことをするという考え(フューチャーデザイン)のもとに言っている。欲を言えば、このフューチャーデザインから助成までワンストップで行う部署なのか関連組織なのかを立ち上げてその実現のために動きたい。
そして、このやりたいことを実現するために、数年は財団というアセットを使い倒そうという気持ちでいる一方で、時間を浪費するつもりはなく、新卒から3年くらい、できるだけのことをしたうえで、できないことに確信を持ってしまったらきっぱり辞めて転職するなり、起業するなりしてやりたいことをやろうと思う。泥臭くも野心的に目の前の仕事に取り組みつつも、したたかに、冷静に見極めつつ、方方と関係構築をする時間にしたい。
働いているのになぜ本が読めるのか
もう少し個人的なことで言うと、読書のペース(大体月20〜30冊)は落とさずにいたい。ペースが早いのでそもそもすごく時間をかけているわけではないので、最低限の生活リズムを保つことができれば、どうにかなると思う。
ただ、25年の夏に2週間、9〜17時のインターンをやってた時は生ゴミのようになって帰宅して目が覚めたら早朝という生活をしてたので不安は不安。 でも実際、働いているのに本が読めている人を大量に知っているのでまあどうにかなるでしょう。そもそも本が読めないほど働くかどうかは僕が決めることなので一直線で社会のせいにする必要はない。
クラフトワーク
一方で、東京にいると「プロ消費者」として磨かれていく側面がある気がする。都市自体が働いて働いて、消費するために作られているようにも思える(実際はそういうことでもないのだが)。
そこで、手触り感のある営み、クラフトワーク的なことを生活に取り入れることを大切にしたい。そこで第一弾がZINEの制作。流行りものだと言われればそのとおりなのだけど、前からやりたいなと思っていたことなので、やってみようと思う。そして早速一緒になにか作って見たかった友達を誘ってみた。そして実際に執筆を進めている。
今、それぞれが書いてみたいものを書いていて、それを持ち寄ってコンセプトをすり合わせた上で、もう数人声をかけてみようと思う。逆に、関心がある人がいたらぜひ力を貸してください。
感謝
そして本当に僕は人に恵まれていると思う。
身近な疑問から、あるべき社会について、そして修論の添削まで時間を使ってくれる人(本当に忙しいのに)、突然ユク・ホイがどうこうと言い出しても真面目に議論に付き合ってくれる人、現象学から生物学まで、雑に振っても丁寧に教えてくれる人、突然Messengerでその人の論文について質問しても丁寧にリプライしてくれる人(会ったら詰められてると思われてたけど)、終電までバー0で話に付き合ってくれる人、家が近いことをいいことに突然ご飯に誘っても当日は無理でも絶対一緒に食べてくれる人などなど…尊敬する人生の先輩や、友人の思いやりや好意に本当に助けられた2025年だったし、こういう人たちのお陰で楽しく生きていることを実感した。
今年は少しでも、逆に僕がいてくれてよかったと思ってもらえるような行動ができる1年にしたい。こうした人との出会いや関係は自慢したいくらい尊いもので、誇りでもある。
未知の2026年
毎年のように、今年は今年でたくさんの楽しいこと、苦しいことがあると思う。年末年始に今年をどんな風に振り返るのか、全く予想ができないけど、まあどうにかなると思う。
ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルによるガザでの虐殺、イランによるデモの弾圧、ミャンマーの情勢不安など、各地での紛争、弾圧は止まっていない。気候変動による異常気象の激甚化、気候難民の問題、AIによって作られる新たな格差など、日本も国際社会も決して楽しい、明るいニュースだけではない。そしてこういうことに、自分なりに問題意識や立場を持ちつつ、できることを着実に進めていきたい。
もう、ただただ大きい声で正義だけ叫んでいればいい歳ではない。それも大事だけど、僕は僕にできることをやる責任がある。高等教育を受けて、挙げ句大学院まで行っているんだから、人の役に立ちつつ、社会正義のためにできることをしたい。そして、資本主義に中指を立てるだけではなく、器用に立ち回り、生活をしながらよりよいあり方を考えたい。そしてもっと多くの人とこの目線を共有したい。
