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Readingmemo: Jan. 2026

Book ・ 2026年2月1日

世阿弥『風姿花伝』講談社

ずっといつかは読もう読もうと思って読んだ世阿弥。 なんか読めないなと思ったら全訳注が出ていたのでこちらで。 今の年齢にするともう少し教えの対象となる年齢のレンジは広がりそうだなと思いつつ、いよいよ20代後半に差し掛かろうとしている今読めて本当に良かったと思える一冊。 もう「若いのに凄いね」の年齢は過ぎたので、踊らずに実直にやろうと改めて実感。どんな年齢の人が読んでも何かしら得られるものがある本当にいい本。 面白すぎたので洪自誠の『菜根譚』を再読中。

東浩紀『平和と愚かさ』ゲンロン

東浩紀の本は、郵便的から一般意志2.0、観光客、訂正可能性と読んできたけど、これは中期(あるいは後期)東浩紀の代表作になるのでは。そんな予感でいっぱいになる一冊。 実際に現場を歩きながら、その景色やその地の歴史、人々などさまざまな情報が思索へと変化していくさまに感動を覚える。 少し残念だと思うのは、この本を東浩紀が書かないといけない国内状況だと思う。つまりあずまんが書くまでも、これくらいのことは言われているべきだったような気がする。 それでも、あずまんによって言葉にされた以上、これを読んで真剣に、そして自分なりに平和、あるいは戦争、死について考える責任が読者にはあるのだと思う。

久野愛『感覚史入門―なぜプラスチックを「清潔」に感じるのか』平凡社

読むまでも、読んでからも、結局感覚史が何かということはよく分からなかったけど、それを差し引いても面白かった。 副題にある通り、時代によって何が清潔の基準となるのか、そしてなぜ、今我々はプラスチック、あるいはビニールで包装されたものに清潔さを感じるのかが歴史の流れとともに説明されている。 そして反対に、不潔なものがどのように不潔とされてきたのか、さらにそこに生じる格差などについても説明されていて、感覚による格差、あるいは階級(的なもの)が発生しているという点に人間の悲しさを感じた。

櫻井芳雄『記憶と脳の探究』岩波書店

岩波ジュニア新書と侮るなかれ。決してやさしい本ではない。 記憶とは何で、どのように作られ、作用しているのか、最小限の専門用語と平易な文章で説明されている。しかし、必ずしも分かりやすいわけではない。それくらい馴染みがあるわけではない分野なので、それこそ脳を使って読んだ。 記憶というものが簡単に書き換わること、あるいは嘘をついてしまうこと、そして、脳科学に関する嘘に騙されないためにというスタンスまで教えてくれる、脳について理解を深めたい時に立ち返るところにある一冊になりそう。

福尾匠『置き配的』講談社

「置き配的」という言葉から連想される通り、東浩紀の郵便的以後の社会を記述していると言える。誤配の可能性があった社会から、置き配により、誤配の可能性がなくなり、即座にメタデータによる情報のやり取りが行われる社会へと変化した。そうした、メッセージの誤配可能性が失われた社会を置き配的と形づける。 批評がどうこうということは、関心もないし、分からないし、興味がないが、あらゆる時間の加速と、訂正の許されない社会になっているということだろう。 文体も含めて、挑戦的な一冊だと思う。