岡野原大輔さんは日本を代表するAI開発企業の1つ、Preferred Networks(PFN)の共同創業者で、2026年8月現在、同社の社長を務める、日本のAI研究者だ。そんな岡野原さんは過去にも岩波書店から人工知能技術に関する一般向けの解説書はいくつか出されていたが、ここまで人文チックな要素を含む本はこれが初めてではないだろうか。

岡野原さんのブログを見ると、岡野原さんの読書家の側面が見える。そして、今回出版された、『ヒトとAI』を読むと合点がいく。技術解説本とは異なる抽象水準で、それでいて確実に抑えるべきタームや仕組みについては丁寧に解説されているのが印象的だった。現在のAIの技術動向と今後の展望をまずは新書で簡単に抑えておきたい人にとって、これほど最良な本はなかったのではないだろうか。
そんな『ヒトとAI』は、現在のAIの技術動向をヒトと比較しながら見ていくパート、反対にヒトができて、AIにできていない、あるいは水準が違うことを確認するパート、そしてヒトとAIのこれからを考えていくパートの3つで構成されている。
個人的に特に面白かったのは、AI時代の人間のあり方だ。端的に言えば、同氏は責任を引き受ける主体としての人間について論じている。つまり、実行はAI(エージェント)に、そしてその指揮命令としての人間という関係性だ。
このヒトとAIの見方は、ある意味で、保守的、あるいは古典的な考え方であるとも言える。人間という上位者の下に存在するAIという考え方は、比較的昔から見られてきた。例えば、「スター・ウォーズ」シリーズに登場するドロイドたちや、ウィル・スミスの「iROBOT」などに登場する自律性を持つロボットは人間の支援者(アシスタント)として登場する。「PSYCHO-PASS」におけるシビュラシステムについても、行為の”支援者”としての側面がある(シビュラシステムについては一概にそう言えないが)。SF作品に想像力を委ねずとも、IBMワトソンや、Siriが目指してきた世界も主体としての人間、支援者としてのAI・テクノロジーだ。
近年は、そうした見方とは立場を異なる考え方も多く存在する。代表的なものは「AGIリスク論」だろう。AGI(汎用人工知能)など、高度に自律的で強力なAIシステムが、人間の意図とは異なる目標を追求してしまい、それを人間が制御できなくなることで最終的に人間は滅びることになるというものだ。AGIリスク論の中でも特に、実存的リスク(existential risk)と呼ばれる。最近でもOpenAIやAnthropicで開発中のモデルが意図せずに他社のサーバーへ侵入するなど、AGIリスク論者はよりその立場を固くしている。
僕はAGIリスク論については懐疑的だ。特に働き方、働く現場という面では、「ヒト-AI」というよりも「ヒト-AI/ヒト」のように思う。人間とAIの働き方については、この論考でも考えたが、確実にAIにリプレイスされてしまうレイヤーの労働者が存在すると思っている。どうしても、「責任の引き受けとしての人間像」では、まるで人間がみなAIの上位者として振る舞うことが想定されてるが、実際には「責任を引き受けるにも値しない人間」が生まれるだろう。そして僕はこの問題に対する明確な解を持てずにいる。
そういう意味で、この本は多くの人に読まれるべき1冊だと思う。AIに否定的な立場の人も、強力推進派の人も、読んでみてその感想をTwitterや、Substackで発信したらいいと思う。そうして様々な立場の人が、AIと私たち人間の関係について考え続けることこそが、少なくとも破滅的なシナリオや、訂正可能性なき不正義を遠ざける方法の1つだと思う。