##2026.4.25追記 これを書いた翌日、辞めた会社の4年次上の先輩とランチをした。そこでこの話をしたところ「まだ青いね」と言われた。そもそも、辞めた主因は以下に書いていることではないし、プッシュ要因のごく一部でしかないから、すんなりと受け入れられた。
そういう意味で、ここから下にあるのは、極めて純度の高い「青い文章」であることは自分でも分かる。それでも書いているのは、今こう思っていること、そして肥大化するエゴを白日の下に晒しておきたいという気持ちからだ。
僕の基本的な考え方はここにまとめています: 倫理的野心とオルタナティブ戦略
4月21日。4月1日に入社した会社の最終出社日だった。退職を切り出したのがその前日の4月20日。文字通りのスピード退職となった。
この会社が悪いわけではなく、自分との相性が合わなかったというだけで、何の恨みもなければ、反対に後悔もしていない。でも、1年後や数年後に見返して、自分がどう思うかが楽しみなので簡単に退職理由と感じた課題をまとめておきたい。そして重ねてだが、退職した会社を批判したり、皮肉ったりする意図はないことはここに述べておきたい。
時分の花をまことの花と知る心が、真実の花になお遠ざかる心なり 僕が辞めた理由を一言で言えば、「時分の花をまことの花と知る心が、真実の花になお遠ざかる心なり」という風姿花伝の一文に収斂する。簡単に言えば、若さでチヤホヤされていることを自分の実力と勘違いすれば、真の花から遠ざかるという意味だ。詳しくは様々な解説が出ているので各自参照して欲しい。
つまりどういうことか。いわゆる「新人扱い」によって許される様々なことが自分にとっては偽にしか見えなかったということだ。より単純に言えば、度を超えた新人扱いに耐えることができなかったということだ。
##その研修に目標はあったか 4月1日から研修が始まった。そのほとんどは座学的なもので、会社が特殊な法人格だったため、その根拠法についての解説などもあったが、電話の受け方、名刺の交換の仕方など、本当にどうしようもない、やらせっぱなしの研修が多くを占めていた。
もう少しだけ言えば、録画された過去の研修にしても、リアルタイムに対面で行われた研修にしても、その殆どがデザインされていないものであったことも不満につながった。単純に話が長かったり、無理に時間いっぱい使おうと雑談をひたすら続けたりと、準備不足の感が否めないものも多かった。そしてその事実は、研修計画を担当する人事から、各部署に適切に依頼ができていなかったことを感じさせる。
しかし、最も重要な点は、約2か月にも及ぶ研修において、新人をどのような状態(定量・定性的に)に持っていきたいかという目標が少なくとも示されなかったことにある。この期間に最低でもどのような状態になってほしいのか、そしてそのスキルセットはどのような業務につながっていくのか、そうした目標とその根拠となるある種のロジックモデルが存在しないように見えたことが最も不安を増殖させた要因だった。
##院卒25歳 とはいえ、2か月苦行を耐えればいいだろうという指摘もあるだろう。学部卒の22歳、23歳だったらそう思ったかもしれない。しかし、僕は院卒の25歳。今年で26歳になる。ここから2〜3年のキャリアでヘラヘラしてしまうと、特に何もスキルのない30歳が出来上がる。それだけは絶対に避けたいという不安があったのも事実だ。
その不安の種となったのは配置計画だ。昨年入社した新卒は全員が1つの事業部に配属され、そこで1年を過ごした。しかし、今年は全員が総務部に配属となった。組織再編のあるタイミングでの配置転換があるかは、決まっていないと4月頭に伝えられた。もし仮に、新卒からの数年を総務部で過ごすことになったら、と不安が募っていった。前述の通り、僕がフレッシュな22歳、23歳であればそれはそれで良かったのかもしれない(それでもフェアではないと思うが)。しかし、年齢や学歴(学位)を考えれば、もう少しフォローアップがあってもよかったのではないか。
そしてこのご時世にバリバリの配属ガチャが流行らないという感覚を人事が持っていないことも驚きだ。27卒の新卒採用状況こそ、AIによって変化し始めているが、まだまだ売り手市場であるし、少数精鋭のこの会社で求める人材像はどこの会社も欲しいはず。給与で競争力がないなら他のところで頑張らないと(まあ中の人のプロパー率を考えれば…)。
##ジェネラリスト幻想 前項に関連して言えば、内部にある過度なジェネラリストへの幻想も退職の意思を強くさせた。確かに、官僚に代表されるように、様々な部署を行き来し、その省庁に必要な人材へと育てていくという方法は当然あるだろう。しかし、前述の通り、予算規模の割に人員が少ないこの会社でジェネラリストの育成に過度にこだわるのはナンセンスだろう。例えばこんなやり取りが実際にあった。
僕「マーケティングとなると専門職として一定確立しているように、ジェネラリスト的な要素よりも、スペシャリストとしての要素の方が多いと思うが、それでも原則ジェネラリストを育成することが重要なのか?」 A「マーケティングといっても基本はPDCA。そしてこのPDCAを回すことがジェネラリストに求められる」
まず前提として、話が噛み合っていないということはあるが、それにしてもびっくりなリプライだった。井の中の蛙大海を知らずとは言うが、スペシャリストなき組織はスペシャリストの必要性を実感しないということだろう。そしてそのスペシャルティが求められる箇所を外注にすることで間接経費が増えていく。
とは言え、採用ページにもジェネラリストを育てる旨のことは書いてあるので、そこは騙されたわけじゃないだろうという反論は当然あるだろう。しかし、中に入ってみたら想像以上に専門性が求められる業務を”ジェネラリスト”で対応させようとしていることに驚いてしまった。そして何度も言うが、人数が限られた組織でこの方針は本当によいのだろうか。
##人事は僕を知らない 最も大きな理由の1つはこの言葉に尽きるだろう。少し調べてもらえば分かるが(というかエントリーシートにも書いていたが)、NPOで2年、メディア系スタートアップで2年、地上波メディアで1年、一般社団の事務局業務で1年の実務経験がある。契約形態こそ、バイトや業務委託であるが、どこもそれなりの裁量と責任で事を進めていた。どうやら人事はそれを知らなかったか、甘く見積もっていたようだ。
そんな人間が、たった5人しかいない同期の中に放り込まれ、出社から退勤までレベルの低い研修動画や、自己紹介スライドの作成に時間を費やしていたら虚無感に苛まれることくらいの想像はできるだろう。あるいは知らないからできなかったのかもしれない。というか、少し話せばただの新卒ではないことくらい分かるはずだが。
実際に、3月までの方がやりがいと成長機会に富んだ環境だったし、その落差がショックですぐに周りに「辞めたい」と漏らしていた。このタイミングで人事に相談できればよかったのだが、同時期に走っていた新卒採用もあってか、会わない日も珍しくなく、勝手に距離を感じて話せなかったのは僕の弱さだったと思う。その分、先輩に色々と言ったものの、「1年やったら」とか、「そういうもんだから」とか、本当に無意味で参考にならない意見だけが集まった。
##”いい人”が集まる組織 冒頭で述べたように、退職した会社を批判したり、皮肉ったりする意図はない。今でもいい会社であることに変わりはないし、中途でそこそこの裁量がある状態であれば十分やりがいのある職場であったと思う。働く人も本当にいい人ばかりで、自分が恐ろしいくらい、愚かな人間である気がした(そして実際にそうだろう)。
だからあくまで、会社に僕を受け入れる器はなかったし、僕もそこで耐えるだけの器がなかったということでしかない。年度初めの行事でトップが多様性のある組織にと言っていたが、ポパーの多様性のパラドクスよろしく、多様性を保つために求められるディシプリンが僕とは合わなかったということに過ぎない。
##おわりに ただ退職したわけじゃなくてちゃんと次の会社も決めた上での退職だし、後悔は本当にない。強いて言えば、本当に楽しく毎日やってきた同期と距離ができてしまうことだけだ。いい勉強になったし、ソリッドな組織は本当に合わないことを身をもって学ぶ機会になった。
今は次の職場が楽しみで仕方ないし、この文章を1年後の僕が読んでどう思うかも本当に楽しみだ。
それでも、不必要に忙しくさせてしまった方々には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだし、文字通りの短さではあるものの、お世話になったことを感謝している。時分の花をまことの花と知る心が、真実の花になお遠ざかる心なりという言葉の通り、常に慢心せずに、努力し続けられる場所に身を置きたい。
