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第1回 テレビは猛暑を報じるが、気候変動は報じない

Notes from the Thesis ・ 2026年7月27日

今年もまた、観測史上最も暑い夏

朝、駅までの数分で汗が噴き出す。夜になっても気温が下がらない。ニュースをつければ「危険な暑さ」「命に関わる猛暑」という言葉が毎日のように流れてくる。もはや夏の風物詩と言ってもいいくらいだ。

気象庁のデータを見ると、この体感は錯覚ではない。猛暑日(最高気温35度以上の日)は統計開始からの最初の30年間と最近の30年間を比べると約3.9倍に増えている。大雨の年間発生回数も、1980年と比べて約2倍になった。異常気象はもう「異常」ではなく、毎年やってくる日常になりつつある。

そして、この変化の背後に気候変動があることは、科学的にはほぼ決着がついている。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、人為起源の気候変動が世界中のあらゆる地域で熱波や大雨といった極端現象に既に影響を及ぼしていると明言している。気象庁も、顕著な高温の長期的な増加傾向は地球温暖化の表れだと指摘している。

ここで、素朴な疑問が湧く。これだけ暑くて、これだけ報道されていて、科学的な結論も出ているのに、なぜ私たちの危機意識はいまひとつ高まらないのだろうか。

私は大学院の修士論文で、この問いに「テレビ報道」という切り口から取り組んだ。TVメディアのニュースサイトの記事を5年分集計し、テレビ局で働く記者、編集長、アナウンサー、プロデューサーといった「送り手」たちへのインタビューを重ねた。この特集では、その研究で見えてきたことを3回に分けて書いてみたい。

第1回の結論を先に言ってしまうと、こうなる。テレビは猛暑を報じている。しかし、気候変動を報じていない。

なぜテレビなのか

本題に入る前に、「今どきテレビ?」という疑問に答えておきたい。テレビ離れが言われて久しく、平日のインターネット利用時間は2021年にテレビ視聴時間を追い抜いた。それでもテレビを対象にしたのには理由がある。

TV・新聞・ネットの平均利用時間の推移

総務省の調査では、メディアとしての信頼度はインターネットが28.9%なのに対し、テレビは60.7%。さらに内閣府の調査では、気候変動に関する情報の取得源としてテレビ・ラジオを挙げた人は85.5%にのぼる。SNSはわずか8.5%だ。つまり、こと気候変動に関しては、日本人の圧倒的多数がテレビから情報を得ている。テレビが何をどう報じるかは、この問題への社会の認識をかなりの程度左右しているのである。

ところが、気候変動報道の研究は世界的にも新聞の分析が中心で、テレビを本格的に扱った研究はごくわずかしかない。理由のひとつは単純で、新聞には検索可能なデータベースがあるのに、テレビにはそれに相当するアーカイブが存在しない、あるいは公開されていないからだ。そこで私は、各テレビ局が運営するニュースサイトの記事を代替データとして、2020年から2024年までの5年間の報道量を集計した。

猛暑報道は18倍。しかし

まず、報道量の推移から見えてきたことを紹介したい。

「異常気象」に関するテレビの報道は、2020年から2024年にかけて18倍近くに増えた。「豪雨」の報道も2022年以降増え続けている。特に顕著なのが「猛暑」で、2022年に101本だった記事数は、2024年には781本にまで増加した。しかもこのテーマでは、テレビの報道量が新聞を上回るという逆転現象まで起きている。生活実感に直結する暑さは、テレビにとって格好のニュースなのだ。

猛暑報道量の推移

ここまでを見ると、テレビはむしろ頑張っているように見える。異常気象が増えているのだから、その報道が増えるのは自然なことだし、量的には十分すぎるほどだ。

問題はここからだ。私は論文の中で、報道を2種類に分けて集計した。ひとつは、猛暑や豪雨といった気象現象を「起きている」とだけ報じる報道。これを単純報道と呼んだ。もうひとつは、その現象を気候変動と関連づけて報じる報道。気候科学の分野で発展している、個々の異常気象への気候変動の影響を定量的に評価する「イベント・アトリビューション(EA)」研究にちなんで、これをEA報道と呼んだ。

そして、猛暑報道全体のうちEA報道が占める割合を計算してみた。結果は衝撃的だった。

テレビの猛暑報道のうち、気候変動に言及していた記事の割合は、2021年に3.8%だったのを最後に、以降は1%前後で横ばいである。豪雨に至っては、2024年でわずか1.6%。報道の本数ベースで言えば、年間700本を超える猛暑報道のうち、気候変動と結びつけていたのは最大でも11本だった。

猛暑-気候変動EA報道量の推移

つまりこういうことだ。「今日も危険な暑さです」「記録的な豪雨になっています」という報道は洪水のように流れている。しかし「なぜこうなっているのか」を伝える報道は、100本に1本あるかないか。現象は報じられているが、原因は報じられていない。

猛暑-気候変動EA報道率の推移

なお、これはテレビだけの問題ではないことも付け加えておきたい。新聞でも猛暑のEA報道率は7%台にとどまっており、原因を報じないことは日本のマスメディア全体に共通する課題だと言った方が正確だ。

「知っている」と「わかっている」の間

この構造は、冒頭の問いにひとつの説明を与えてくれる。

内閣府の世論調査では、日本人の91.7%が気候変動によって起きる問題に関心があると答えている。9割である。私たちは気候変動という言葉を知っているし、漠然と心配もしている。ところが同じ調査で、人間活動が地球温暖化に影響を与えているとするIPCCの見解を「知っている」と答えた人は3割弱にとどまる。

言葉は知っているが、目の前の暑さと気候変動が因果でつながっているという実感がない。この断絶を埋めるのが本来は報道の役割のはずだが、テレビは「暑い」という現象だけを毎日伝え、「なぜ暑いのか」をほとんど伝えてこなかった。結果として、猛暑は「今年は運が悪かった」で済まされる偶発的な出来事として消費され、進行中の構造的な危機としては認識されない。

毎年「観測史上最も暑い夏」が更新されているのに危機意識が高まらないのは、私たちが鈍感だからではなく、体感と原因をつなぐ情報が流通していないからではないか。これが、データから見えてきた第1回の仮説である。

※本特集で示すテレビの報道量は、各テレビ局が運営するニュースサイトに掲載された記事の本数を、放送されたニュースの代替データとして集計したものである。テレビには新聞のような検索可能な放送アーカイブが存在しないためこの方法を採っており、実際に放送された件数とは完全には一致しない可能性がある。

なぜ報じられないのか

ここで当然、次の疑問が湧く。気候変動と異常気象の関係は科学的コンセンサスがあり、参照できるデータも揃っている。テレビ局の人たちがそれを知らないはずはない。実際、インタビューの中でも、気候変動が重要な問題であることは現場の共通認識だった。それなのに、なぜ「気候変動の影響で」の一言が放送に乗らないのか。

インタビューを重ねてわかったのは、これが個々の記者の怠慢や不勉強の問題ではなく、ニュースが作られる仕組みそのものに埋め込まれた構造的な問題だということだった。視聴者は気候変動の話なんて観たくないだろうという「視聴者像」。説教臭いと嫌われることへの恐れ。事件や選挙と違って「出来事」が起きない気候変動というテーマの扱いにくさ。そして、画が浮かばないものは報じられないという、テレビ特有の「映像主義」。

次回は、テレビ局の中の人たちの語りをもとに、ニュースが作られる現場で気候変動がどのように「落とされて」いくのかを見ていきたい。そこには、パンダの赤ちゃんとグルメ情報が最強のニュースであるという、笑えるようで笑えない現実がある。

(第2回に続く)